東京地方裁判所 平成7年(行ウ)306号 判決 1996年10月24日
原告 朱懿范
被告 法務大臣
代理人 湯川浩昭 宮林昭治 ほか三名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
被告が原告に対し平成七年一一月一五日付けでした在留期間更新不許可処分を取り消す。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告(昭和四二年四月一一日生)は、中国国籍を有する外国人であるが、平成元年三月一三日、出入国管理及び難民認定法(平成元年法律第七九号による改正前のもの。以下、右改正後のものを「法」という。)四条一項一六号及び出入国管理及び難民認定法施行規則(平成二年法務省令第一五号による改正前のもの)二条三号所定の在留資格により上陸を許可され(在留期間六月)、本邦に上陸した。
2 原告は、本邦上陸後、ウィズ語学院に入学し、二回にわたって在留期間の更新許可を受けた後、法改正に伴い、平成二年九月一一日、法別表第一の四の「就学」の在留資格(在留期間六月)への変更を許可され、さらに日本大学商学部入学に伴い、平成三年三月六日、法別表第一の四の「留学」の在留資格(在留期間一年)への変更を許可され、以後、三回にわたって在留期間の更新許可を受けた。
3 その後、原告は、平成七年二月二七日、「自分が投資し、設立した会社の取締役に就任することになったため」との理由で在留資格の変更許可を申請し、同年四月一四日、法別表第一の二の「投資・経営」の在留資格(在留期間六月)への変更を許可された。
そして、原告は、平成七年八月一五日、「会社の経営を継続するため」との理由で在留期間の更新許可申請(以下「本件申請」という。)をしたところ、被告は、同年一一月一五日、「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由がない。」として、右更新を不許可とする処分(以下「本件処分」という。)を行った。
4 しかし、本件処分には裁量権を逸脱・濫用した違法があるから、原告は、本件処分の取消しを求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1ないし3の事実は認めるが、同4は争う。
三 被告の主張
1 法二一条三項に規定する在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由が具備されているかどうかは、申請理由の当否のみならず、当該外国人の在留中の一切の行状、国内の政治・経済等の諸事情、国際情勢など諸般の事情を総合的に勘案して判断されるべきものであり、その判断は、被告の広汎な裁量に委ねられている。
2 法別表第一の二の表及び四の表の下欄に掲げる活動を行おうとする外国人については、上陸のための条件の一つとして、出入国管理及び難民認定法七条一項二号の基準を定める省令(以下「基準省令」という。)に定める基準に適合することが要求されているが(法七条一項二号)、それらの外国人については、在留期間更新許可申請の許否を判断するに当たっても、その在留期間中の活動が右基準に適合するか否かが重要な判断要素となるものであり、実務においても、右基準の趣旨を十分に尊重して運用がされている。
「投資・経営」の在留資格が認められる「本邦において貿易その他の事業の経営を開始しその経営を行い」(以下「投資・経営活動」という。)とは、本邦において相当額の投資をして事業経営の基盤となる事業所等を開設し、貿易その他の事業の経営を開始して、現に経営を行っていることをいうものであり、基準省令は、そのような活動を行おうとする外国人に係る基準として、イ 当該事業を営むための事業所として使用する施設が本邦に確保されていること、ロ 当該事業がその経営又は管理に従事する者以外に二人以上の本邦に居住する者(法別表第一の上欄の在留資格をもって在留する者を除く。)で常勤の職員が従事して営まれる規模のものであること、と定めている。
3(一) 本件申請の理由は、原告が東海物産有限会社(以下「本件会社」という。)の取締役副社長として経営を継続するためというものである。
本件会社は、平成五年一二月二七日に設立された会社で、原告は、その資本金三〇〇万円のうち一〇〇万円を出資しており、平成七年二月一三日、本件会社の取締役に就任したものであるが、原告が本件申請に当たって提出した本件会社の損益計算書によると、平成六年一月五日から同年一一月三〇日までの本件会社の売上高は零円であり、本件処分時においても売上実績はなく、また、平成七年一〇月二六日当時、本件会社の所在地とされていた東京都豊島区要町三丁目五八番一八号には「お食事処千川平安」という名称の飲食店が存在しており、従業員は常勤でなく、歩合制による売上がなかったため、給料も支払われていなかった。
(二) 右のとおり、本件会社は、本件処分時において、会社設立から一年一一か月、原告が取締役に就任してから九か月が経過していたにもかかわらず、全く売上実績がなかったこと、本件会社の所在地とされていた場所には本件会社の事業所がないこと、従業員には全く給料を支払っておらず、定期的な出勤もないことなどからすると、本件会社については、前記基準省令所定の事業所として使用する施設及び常勤の職員の確保がされておらず、また、原告が投資・経営活動を行っている実態も認められないのであって、在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由がないとした本件処分に裁量権を逸脱・濫用した違法はない。
四 被告の主張に対する認否
被告の主張のうち、3(一)の事実は認めるが、その余は争う。
五 原告の反論
1 原告は、本件会社の取締役であるから、会社の代表権を有し(有限会社法二七条)、会社に対して忠実義務を負う(有限会社法三二条、商法二五四条ノ三)のであって、会社の営業日には出社して、会社を管理する義務がある。ところが、本件処分により原告の在留期間の更新が認められないと、原告は出国しなければならないことになり、本件会社の取締役としての右義務が果たせないことになるのであって、そのような結果をもたらす本件処分は、社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであり、商法二五四条ノ三を準用する有限会社法三二条にも違反する。
2 基準省令が、投資・経営活動の基準として、当該事業が二人以上の本邦に居住する常勤の職員が従事して営まれるものであることを要求しているのは、会社の運営は会社自体が決めるべきであり、従業員の採用を含め、その経営活動が干渉あるいは妨害されないことを保障する憲法二二条に違反する。また、原告自身の責に帰すべきでない「常勤の職員が確保されていない」という理由によって、原告の職業を奪うこととなる本件処分は、憲法二二条に違反する。
3 本件会社は、国際貿易を主とする貿易商社であり、米国、香港、中国に提携会社があり、それらの会社との電話やファクシミリによる交信は時差の関係で一日中行われている。そのため、原告の自宅の一部屋に会社のファクシミリ電話を設置しているほか、本件(東京都豊島区要町三丁目五八番一八号)には、会社の印鑑や定款などを管理する社長室と帳簿を管理する経理部などが設置されており、事業所としての条件は満たされている。また、原告は、輸入商品を調査するため、平成七年四月と同年八月の二度にわたって海外出張し、同年九月に本格的に輸入する予定であったが、同年九月六日に在留期間が満了となり、右輸入予定は延期されることとなったもので、本件会社が本件処分時に売上実績がなかったのは、右のとおり本件行われるはずの輸入業務が本件処分までの間事実上できなかったことによるものである。このように、原告は、積極的に経営活動を行っていたものであり、売上実績がなかったのは本件処分のためであって、これを無視してされた本件処分には裁量権を逸脱・濫用した違法がある。
六 被告の再反論
1 商法二五四条ノ三を準用する有限会社法三二条は、取締役の会社に対する委任関係に基づく善良な管理者としての注意義務を定めたものであり、有限会社の取締役たる外国人が右注意義務を履行するための在留は、わが国の在留制度の枠内で認められるにすぎないから、本件処分の結果、原告の右義務の履行に支障を生じたとしても、本件処分が何ら違法となることはない。
2 憲法の基本的人権の保障が外国人に及ぶとしても、それは、在留制度の枠内で保障されているにすぎず、在留の許否を決する国の裁量を拘束するまでの保障を含むものではないから、原告の違憲の主張は失当である。のみならず、審査基準における常勤従業員数に係る基準は、外国人が経営しようとする事業が安定的かつ継続的に営まれるものと客観的に認められるために最低限必要な要件の一つの判断基準として定められたものであって、合理性を有することは明らかであり、右要件を満たしていないことを理由の一つとしてした本件処分は憲法二二条に違反するものではない。
3 本件会社の本社とされている場所や原告の自宅には、会社の備品や従業員の備品などもなく、基準省令の定める事業所として使用する施設に該当しないし、本件申請に際し、本件会社が積極的に事業活動を行っており、輸入を開始する予定であったことなどを立証するに足りる資料の提出もなかったのであって、本件処分に裁量権を逸脱・濫用した違法はない。
第三証拠関係
本件記録中の書証目録記載のとおりであるからこれを引用する。
理由
一 請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。
二 外国人が申請する在留期間の更新を許可するかどうかは、国益保持の見地から、申請理由の当否のみならず、当該外国人の在留中の活動や国内外の情勢など諸般の事情を総合的に勘案して行われる被告の裁量判断に委ねられているものと解される。しかし、その裁量権はもとより無制限なものではなく、被告の判断が全く事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるようなときは、その判断は、被告に与えられた裁量権の範囲を逸脱し又はその濫用があったものとして、違法となると解すべきである。
そこで、本件において、在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由がないとした被告の判断に裁量権の範囲を逸脱し又はその濫用があったかどうかについて検討するに、被告の主張3(一)の事実は当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、<証拠略>を総合すれば、次の事実が認められる。
1 本件会社は、平成五年一二月二七日、資本金を三〇〇万円とし、カメラ・レンズ等の加工・販売及び輸出入業務、家具・室内装飾品・台所用品等の販売及び輸出入業務、建築設計・施工・管理など多岐にわたる事業を営むことを目的として設立された会社である。原告は、右資本金のうち一〇〇万円を出資していたところ、平成七年二月に日本大学商学部を卒業し、同月一三日、本件会社の取締役に就任したものであり、本件処分当時における本件会社の役員は、代表取締役である八島好弘と取締役である原告の二名であった(したがって、原告には本件会社の代表権はない。)。
2 本件会社は、平成六年三月、香港の「申佳貿易公司&申佳有限公司」、米国の「エム&シー インターナショナル インダストリイ&コマース インク」との間で、また、平成七年四月、上海市の「泰錦實業有限公司」との間で、それぞれ工業用機械等の輸出入業務などについて相互に協力することを約した「相互代理についての覚書」を作成しているが、本件処分当時までの間、それらの覚書に基づいて具体的な輸出入業務等が実行されたことはなく、本件会社の平成六年一月五日から同年一一月三〇日までの間の損益計算書によると、売上金額は零円であり、本件処分時においても本件会社の売上実績は全くなかった。
また、原告は、本件申請に際し、本件会社の従業員二名との平成七年二月二〇日付け雇用契約書を提出したが(なお、右契約書の雇用者欄には、本件会社の代表取締役ではない原告が取締役副社長として表示されている。)、いずれも常勤ではなく、約定の賃金も売上歩合制となっており、実際に賃金が支払われたことはない。
なお、本件会社は、売上実績がなかったことから、法人税の課税はされていないが、平成八年三月二五日、平成六事業年度(平成五年一二月二七日から平成六年一一月三〇日)及び平成七事業年度(平成六年一二月一日から平成七年一一月三〇日)の法人都民税(均等割額)の課税を受け、これを納付している(ただし、法人都民税のうち法人税割額はなく、また、法人事業税の課税はされていない。)。
3 東京入国管理局の係官は、平成七年一〇月二七日、本件会社の本店所在地等について調査したところ、本店所在地には「御食事処千川平安」という飲食店があり、同建物には本件会社の事業所としての特別の施設はなく(原告は、会社の印鑑や定款などを管理する社長室と帳簿を管理する経理部などが設置されている旨主張するが、それを裏付ける具体的な資料はなく、却って常勤の従業員もいないことや売上実績がないことなどからすると、そのような独立の事務室があったとは考え難い。)、会社の備品等もなかったし、さらに原告の居住地(原告肩書地)も生活の場であって、会社の事業所といえるようなものではなかった(原告は、自宅の一室に会社のファクシミリ電話を設置していた旨主張するが、だからといって、独立の事業所としての施設が確保されていたとすることはできない。)。
4 そこで、被告は、本件会社については、基準省令所定の事業所として使用する施設及び常勤の職員の確保がされておらず、原告が投資・経営活動を行っている実態も認められないことなどから、在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由がないと判断し、右更新を不許可とする本件処分をするに至った。
三 ところで、「投資・経営」の在留資格は、当該外国人が単に社長、副社長などの地位を有しているというだけではなく、実際にわが国において具体的に事業の経営等を行うものでなければならないことはいうまでもないが、さらに法七条一項二号は、上陸の条件の一つとして、法別表第一の二の表及び四の表の下欄に掲げる活動を行おうとする者については、在留資格該当性に加えて、基準省令で定める基準に適合することを要求し、これを受けて、基準省令は、本邦において貿易その他の事業の経営を開始しようとする場合の基準として、イ 当該事業を営むための事業所として使用する施設が本邦に確保されていること、ロ 当該事業がその経営又は管理に従事する者以外に二人以上の本邦に居住する者(法別表第一の上欄の在留資格をもって在留する者を除く。)で常勤の職員が従事して営まれる規模のものであることの二つの基準を定めている。法の規定上、右基準に適合することは、直接には上陸のための条件であるが、右基準は、外国人の入国ないし在留がわが国の経済や国民生活に及ぼす影響等を勘案して、上陸を許可する外国人の範囲の調整を図ることを目的として定められたものであるから、その趣旨は、当然、在留期間の更新許可、すなわち、許可された在留期間に引き続きさらに一定期間わが国に在留できる地位を与えるかどうかを判断するに当たっても斟酌されるべき性質のものということができる。
本件においては、前記認定のとおり、本件処分当時、本件会社には独立した事務所としての施設もなく、常勤の従業員もおらず、売上実績が全くないという状況にあったものであり、本件会社の具体的な事業の内容も定かではなく、原告自身も日々どのような事業活動に従事していたのかも明らかでないのであって、原告が本件処分当時において実際に事業の経営を行っていると見ることができるかも疑問である上に、基準省令の定める前記基準の趣旨に照らすと、原告について、「投資・経営」の在留資格によりその在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由がないとした被告の判断は十分に首肯し得るものということができる。
四1 原告は、本件処分の結果、わが国から出国しなければならないとすると、本件会社の取締役として会社の管理義務を履行できなくなるから、社会通念上著しく妥当性を欠き、商法二五四条ノ三を準用する有限会社法三二条にも違反する旨主張する。
しかし、外国人は、有限会社の取締役になっているからといって、当然にわが国に在留し続ける権利を保障されることになるわけではないのであり、取締役の会社に対する義務の履行も、わが国の在留制度の枠内で認められるものにすぎず、商法二五四条ノ三を準用する有限会社法三二条も、取締役の会社に対する注意義務を定めたものであって、取締役である外国人の在留を認めた規定でないことは明らかである。したがって、本件処分の結果、原告が出国することにより、原告の取締役としての義務の履行に何らかの支障が生じるとしても、だからといって直ちに本件処分が社会通念上著しく妥当性を欠くとか、商法二五四条ノ三を準用する有限会社法三二条に違反することになるものでないことはいうまでもなく、原告の右主張は失当である。
2 次に、原告は、基準省令が、二人以上の常勤職員がいることを要求しているのは、憲法二二条に違反すると主張するが、外国人をいかなる条件の下で自国に受け入れその在留を認めるかは、国家の自由に決し得るところであって、外国人は、その在留制度の枠内において在留が認められるにすぎないものであり、外国人が投資・経営活動を行うために本邦に上陸するための条件として、その活動の対象となる事業主体の規模につき従業員数に着目した基準を定めたとしても、また、その在留期間の更新許可申請の許否を判断するに際して、そのような基準を斟酌したとしても、そのことは、当該事業主体の営業の自由を何ら侵害することになるものではないというべきである。
また、原告は、常勤職員が確保されていないという理由によって、原告の職業を奪うこととなる本件処分は憲法二二条に違反するとも主張するが、外国人の職業活動の自由は、わが国の在留制度の枠内で保障されるにすぎず、在留の許否を決する国の裁量を拘束するものではないから、原告の右主張はその前提を欠き失当である。
3 原告は、平成七年四月と八月の二度にわたって海外出張し、積極的に営業活動を行っていたものであり、本件処分時に売上実績がなかったのは、原告の在留期間の満了により、同年九月に予定されていた輸入業務ができなくなったことによるものであって、これを無視してされた本件処分には裁量権を逸脱・濫用した違法がある旨主張する。
しかし、原告が二度にわたって海外出張していたとしても、現実には、原告が取締役に就任してから本件処分時まで約九か月が経過しているのに、その間、本件会社に売上が全くなかったことは前記認定のとおりであるし、売上には至らないまでも、商品の仕入等何らかの取引が成立するなど具体的な事業活動が展開されていたことを示す事情も窺われず、原告が積極的に営業活動を行っていたことを裏付ける具体的な資料も存在しない。また、平成七年九月に輸入の予定があったことを裏付ける資料はないのみならず、そもそも真にその予定があったとすれば、原告の在留期間が満了したからといって輸入ができなくなるとは考え難く、裁量権の逸脱・濫用をいう原告の右主張は失当といわざるを得ない(なお、官公署作成部分については成立に争いがなく、その余の部分については弁論の全趣旨により成立の真正を認める<証拠略>によると、本件会社は平成八年五月に中国から約四万円の商品の輸入をしていることが認められるが、それは、あくまで本件処分後の出来事であって、本件処分の違法を基礎付ける理由とならないことはいうまでもない。)。
五 以上のとおりであって、本件において、在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由がないとした被告の判断が、事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠いているとはいえず、本件処分に裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用した違法があるということはできない。
よって、原告の本件請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 佐藤久夫 岸日出夫 徳岡治)